教育山行の意義

 当会は世にも珍しい「教育山行」を行う会である。

 いろいろな山岳会をあたってみるといい。

 新人のための教育システムがありますか、と聞いて、「はい、あります」と回答できる会のなんと少ないことか。

 「あります」と答えても、内実たるやお寒い限り、などということもある。

 私自身、初心者の頃、都岳連所属の某会にいたことがあるが、教育の「き」の字もなかったし、参加可能な山行計画すらろくになかった。そのくせ、山岳会の掛け持ちは禁止、ガイド山行にもいい顔をしない、など、足かせだらけ。

 最初は「教えます」という話であったが、後から「技術は自分で学んでくれないと教えてもらおうなんて不届きだ」と言われた。

 セルフレスキューすら会で習得する機会はなく、「自分で・・・」と言われた。

 それでいて外部の講習会に行くのもいい顔をしないのだから、どうやって学べというのか、と悶々として2年が過ぎた。

 よくも2年も我慢したものだと自分でも思う。当然ながら単独行ばかりしていた。

 おかげで後のアルパインクライミングの基礎ができたと思う。

 当会での規則が窮屈だというのであれば、こうした会に行ってみるといい。2年も頑張る必要はないと思うが・・・

 しかし、私はこの会で技術を教えてもらわずによかったと思う。

 その後労山に移籍し、技術を習得した今となっては、この会の技術は原始時代かと思うほど遅れていたので。

 おそらく外部との交流もないまま、古い技術を伝承し続けた結果、新しい技術に対応できなくなったものと考えられる。

 だが、彼らには「バケモノなみの体力」という武器があった。つまりT型フォードに現代ベンツのエンジンを積んでいたのである。

 これはこれでひとつの方策、ひとつの山岳会のあり方であろう。

 ちなみに大学山岳部にもこのタイプが多い。伝統を重んじた結果、シーラカンスとなる。

 話を戻すと、私にはこうした経験があるので、自分の会では教育山行を充実させたい。

 昔の私のようにやる気が溢れているのに学ぶ機会がなくどうしていいのか分からなくなっている登山者に、アルパインクライミングを学ぶ機会を提供したい。

 そういう気概で教育山行を提供しようとしているのに、「いや本妻がいるので、あなたは愛人で」と言われると無性に腹が立つのである。

 私は昔の自分を探そうとしているのかもしれない。

 学ぶ道に迷ってしまって、それでもアルパインをしたくてたまらなかったあの頃の私を・・・

 

 さて、当会では入門山行こそ日和田に行くが、これはいきなり泊まりがけで他の岩場にいくにはハードルが高いので、近場にしている。

 しかし、「日和田と阿寺、たまに鷹取と広沢寺にしか行かない(=行けない)」というレベルの山岳会のなんと多いことか。

 ガイドでもこのレベルのガイドはウヨウヨしている。

 初心者にノットから教えて高度な技術のみならず、レスキュー、救急法まで自前の講師でカバーし、個人山行にアドバイスして、山岳会に入っていてもめったに参加させてもらえない(計画すらできない)ような岩場でトレーニングしているなんて、ウチだけだと思う。

 今日も、都岳連所属のYクラブの創立者と話す機会があった。

 「Yクラブでは新人教育をどうしてるんですか」

 「新人教育なんてしないよ」

 「えっ、じゃ、アルパイン志向の会員はどうやって学ぶの?」

 「背中を見せてればいいんだよ」

 「背中だけ見せても、モノにはならないんじゃない?」

 「遊びなんだから、モノにならなくてもいいんじゃないの」

 「でも山岳会に入ってくる人たちは、教えてもらえるとは思ってないの?」

 「そんなの自分で盗み取らないとね。食らいつくくらいの意気込みがないとダメだよ。口開けて教えてもらおうなんていうつもりの奴はそのうちいなくなるから」

 「・・・(絶句した)」

 既視感がある。こういうことを言う会に昔いたことがあるな・・・

 Yクラブの創立者はバリバリのアルパインクライマーである。

 しかし、登山者教育なんて考えてはいない。

 彼が特別なのではなく、おそらく世の中の山岳会の大半がYクラブと同じスタンスである。

 公平を期するなら、労山の会もほぼ同じである。

 アルパインクライミングの技術は運転免許とは異なるので、ロープワークに代表される技術だけ教えても、確かに「モノ」にはならないし、免許皆伝とはならない。先輩の後ろに食らいついて、講習では得られない細々としたコツを会得する必要がある。

 言うなれば職人の世界である。職人さんは細かいところまで弟子に伝授してくれない。というか伝授できない部分がある。アルパインも似ている。伝授したくても経験に裏打ちされた技術は伝授しきれないのだ。

 だから登山教室で表面的な技術を一通り習ったからとバリエーションルートに出かけて行っても、岩場テロの首謀者となるのがオチである。入門ルートでは季節になると、岩壁を前にルートファインディングすらできず、前にも進めず後ろにも退却できないというパーティーがいくつも出没する。こうしたテロパーティーは、ヘリで救助されないまでも、ビバークか下山遅れなんてのも日常茶飯事となる。

 回避できればいいのだが、トバッチリを食らうこともあるので、岩場テロの怖さは身に染みている。

 当会にやってくる新人は、「自立した登山者」になりたいと考えているはずなので、そうした志を持った会員をバックアップするのが教育山行となる。毎月、会山行として計画している。しかし、会山行を企画しても参加しないのであれば育てようがないので、Yクラブではないが、「そのうちいなくなっていただく」しかなくなる。

 勘違いしないでいただきたいが、会員はお客様ではない。

 会費は運営費にしかならない。会費程度で客になったつもりでいられると、イラっとする。

 こちらの計画に合わせていただけないのであれば、技術を教える機会もなくなる。

 自ら成長する意志がなければいくら教育の機会を与えても無駄となる。

 ザ・ジャパニーズ・ビジネスマンタイプの方々は言われたことしかできないので(最近は言われたことの半分もできないらしいが)、アルパイン技術のようにその場の状況に応じて技術を使い分ける、ということができない。主体性のない料理人のように「大さじ1」などのように定量化してもらえないと対応できなかったりする。だが、アルパインクライミングは究極の危機管理能力を必要とする活動なので、臨機応変に自分で的確に考えられる能力が足りない方々には全くお勧めできない。まずは己を知れ、と申し上げたい。

 その上で、当会の提供する教育山行の意味と意義をもう一度確認していただければと思う。

 そして自立する気がないのであれば、しつこいようだが、ガイド利用をお勧めする。

滝谷第四尾根登攀
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