私家版Mountain Leader Trainingの構築に向けて

 これも誤解を避けるところから始めなくてはならない。

 MLTは一般ハイカー向けの安全登山指南システムではない。

 山岳リーダー候補生のための教育システムである。

 某団体でこの基本を無視してUIAAスタンダードを取ろうとしたが、不備を指摘されて却下となった。その原因は、この基本中の基本を押さえていなかったからである。つまり、MLTの哲学を理解していなかったということ、そこに至るまでの登山をめぐるイデオロギーを的確に認識していなかったことである。

 MLTがどのレベルの登山者を山岳リーダー候補生として対象にしているかというと、ロープを必要とする登山に日常的に出かけているレベル、登山道以外を地図とコンパスで自由に踏破できるレベルである。つまり、クライミングがまったく初めての人や登山道以外を歩いたことのない人は対象外である。しかし、MLTのカテゴリーには一番ベーシックな「ハイキングリーダー」というのもあって、こちらは活動にロープワークを前提にしていない。だが、リーダーだけは不測の事態ではロープを使えなくてはならないので、ハイキングリーダーと言えどもやはりロープを必要とする登山の経験がなければリーダー資格には達しない。最もベーシックな視覚でロープワークが必要なのだから、その上に位置する資格は押して知るべし。

 したがってMLTが対象にしているのは、初心者ではない。だから、初心者がMLTに沿って学べば安全登山が身に付くというものではないし、一般的なハイカー、つまり整備された登山道しか歩いたことのない登山者には理解も習得も難しい。下手に見様見真似で取り入れても、安全どころか殺人や自殺の道具になりかねない。

 Mountain Leader Trainingは山岳リーダー、それもプロのガイドではなく、民間山岳会のボランティアリーダー養成のためのシステムである。プロガイドにはもっと高度な知識と技術が要求されるので、MLTでは扱わない。

 MLTはBMCすなわちイギリス山岳会、自らをThe Clubと称している団体の直轄運営教育機関である。The Clubという言葉には、「山岳会って言ったらウチのことで、他は山岳会とは認めませんからね」みたいな旧帝国の矜恃とスノッブ意識がないまぜになっている。

 それはともかく、彼らがいうには、イングランドの山岳地帯で学生児童が犠牲となる山岳事故が起き、それをきっかけに登山教育の必要性が認識されて設立された、とのことである。裏にある政治性なんか排除して、人道主義でMLTもできました、ってのは、イギリス人が好きな論法であるが、それが虚構であることは以前にも指摘したのでここでは割愛する。(人道主義で山岳教育システムができるんなら、日本でだって那須の雪崩の後に速攻で日本版MLTができたって良さそうなもんだ。ちなみにこの点は当時朝日新聞に投稿しておいた。もちろん採用された。しかし、日本版MLTは別の事情でできないんですよ。そして速攻でMLTを作れたイギリスとは歴史的インフラが違うんですよ。)

 まあ、とにかく、連合王国ではMLTが機能し、民間山岳会や家族で構成する登山パーティーを安全に導くことのできるボランティアリーダーが生まれ、BMCは活況を呈し、それなりの役割を果たすこととなった。確かにカリキュラムもよく考えられていて、これならばリーダー候補生たちをある程度の質にまで高められる。こうなると親切の暴力団と化した英国人は、このシステムを国境を超えて広げよう、UIAAスタンダードってのを利用して世界に広めてやれ、と考える。さすが帝国主義。ここでも息を吹き返すしぶとさがある。腐っても鯛、落ちぶれても帝国、なんである。

 というわけで、現在、UIAAスタンダードを取って登山教育を画一化し、ある程度の質を保証しようという動きが世界的に広まっている。実際、モンゴルでMLTのUIAAスタンダードを取った、中国で取った、ネパールで取った、などと喧伝している。一方、先に述べた国境が山岳地帯にある国々、イタリア、ドイツ、スイスなどはこうした動きに与するつもりはないらしい。ね、やっぱり植民地主義イデオロギーの延長でしょ? 旧帝国は知らん顔、なんだから。

 こうした登山をめぐる歴史背景やイデオロギーからすると、個人的にはMLTをそのまま取り入れるのはやや抵抗があるのだが、明治の先人たちが法律や医学、近代社会の構築やインフラ整備などをとにかく清濁合わせ飲んで学んでくれたおかげで今の日本社会があるわけだから、多少の抵抗は我慢して、ここはひとつ、日本版MLTを構築できないものか、と当会では考えている。

 日本人DNAが炸裂して、便利で役に立ちそうなら取り入れろ、という精神ですな。

 だが、その前提としてこうした背景を理解するのは、MLTやUIAAで推奨されている技術を鵜呑みにしないためにも必要だ。

 どっかの学校ではないが「学の独立」ならぬ「山での独立」ね。

 これは当会のもうひとつの方針、「技術の長所と短所を理解し、日本の自然環境に合わせて使い分け、外国の山では、その国の自然環境とクライミング文化に合わせて技術を使い分ける」という点にも繋がる。

 もちろん、某団体でも懲りることなくMLTのスタンダード認証を目指しているだろうから、それはそれでお任せしたい。

 当会でできるのは、あくまで小さな山岳会が善意とボランティア精神で精一杯提供できる範囲となる。

 そのため、当会では初心者の入会の他に、経験者・ベテラン・バリエーション経験のある方などの入会は期間を限定せずに行っている。もちろん労山の会であれば掛け持ちOKだ。

 これは初心者枠とは異なるので留意して利用して頂ければと思う。

 また、全国各地の労山の会から若手クライマーが研鑽に訪れ、一緒にトレーニングすることもあるので、ぜひ交流して切磋琢磨していただきたい。各地の岩場情報も教えてもらえるし、遠征した先で一緒に登る、などという機会もあるので、どうぞお楽しみに。

MLTコース受講生たち
ノースウェールズにあるBMCオフィスにて 
MLTでは装備はすべて貸し出し可能
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