自立するのに必要な時間

 これも個人差と経験差が大きい。

 あまりに個人差と経験差の関与が大きすぎて、一般論はなかなか出せない。これだけ個人差が大きいと、アルパインクライミングは、万人が「平等」にできる活動だとはいえない。

 世の中の山岳会がつまづいているのは、ハイキングの延長でアルパインクライミングを考え、誰でもできる登山活動だと勘違いしている点である。ハイキング経験はアルパインの前提だが、決してその延長上にアルパインの世界が自動的に開けているわけではない。だから、岩トレをハイキングの延長線上においている山岳会にはよく注意した方がいい。

 ハイキングであれば、体力のないハイカーは日程2日のところを3日にして対応可能である。だから、ハイキングならば計画に工夫すれば、希望者はほぼ参加可能となる。

 しかし、アルパインルートの場合、ある程度の時間内で核心を抜けなければ、岩場でぶら下がってビバーク、というハメにも陥る。気温が下がったり、天候が悪化したりすれば、真夏でもそのまま凍死しかねない。したがって、ハイキングのようにグレードを下げる対応ができない。こうした活動の性質が異なるという点を理解しなければならない。

 以下、目安がほしい方のために、だいたいのところを示しておく。

 たとえば、ハイキング経験が豊富で地図とコンパスが使いこなせるレベルで、20kg〜30kgのザックを担いでハイキング並みのスピードで12時間以上歩けるような体力もあり、新しく学んだロープワークですぐにミスもしないくらいマスターできる覚えのいい頭の回転が早い10代や20代前半の若者なら、毎月4回のトレーニング山行をしていれば、ひととおりの技術を身につけ、バリエーションルートに行くのに1年間頑張ればなんとかなると言われている。大学山岳部などではこのペースである。彼らは2年目になると「先輩」になるから、指導もしなければならなくなる。自立も早くしなければならない。

 これをベースに考えれば、極端なケースで、ハイキング経験がろくになく、地図もコンパスも使えず、毎月1回程度しか岩トレに参加しておらず、10kgくらいのザックしか担げず、それも8時間未満しか歩けない50代なら、なんとか一人前になれるにしても、おそらく15年はかかる。そのうち70代になってしまって、バリエーションの世界にわずかにタッチして終わることとなる。人によってはいつまでも登攀力が身につかず、何年たっても日和田のトップロープで終わってしまう。

 同じ50代でも、体力があり、学ぶ意欲があって地図読みもすぐ上達し、岩トレも毎週熱心に通って、三つ峠中央カンテや二子山中央稜のリードもこなせる登攀力がつくようになるまで2〜3年くらいしかかからない、というケースももちろん考えられる。フォローなら1年頑張ればなんとかついてこられるかもしれない。

 中間の30代、40代もこれに準じて考えると、十分な体力があり岩トレでしっかり登りこめれば、フォローでバリエーションについていくまでに半年、地図読みとルートファインディングにも長じて一人前になるまでに2〜3年、ですめば恩の字だ。

 中には超人的な60代がいて、大学山岳部並のスピードで成長してしまうかもしれない。それは神のみぞ知ることだ。

 ただ、以前有能かつ有名なガイドが、「今どきのせっかちな人々」というようなタイトルの記事を山岳雑誌に書いていたことがある。

 この超有名ガイドによれば、「みんなすごく急いでいて、トップロープで10Aが1本登れるようになったらすぐにリードしたがる。リードできるようになるとすぐにマルチピッチルートに行きたがる」とのこと。その挙句、アルパインルートにもすぐに行きたいと言い出すのだそうだ。そういう人たちに「リードしたり、マルチに行くのは10年くらいのスパンで考えましょうね、じっくり登りこむことを優先させましょう」などと言うと、みな、ものすごく不満そうな顔をする、とのこと。このガイドさんが相手にしているのはおそらく30代、40代、50代、60代の方々だ。つまり、ガイド目線から見れば、この年代の人たちが一人前になるには、「10年は考えて欲しい」ということになる。厳しく考えれば、確かにそのくらいはかかってしまう。

 もう一度繰り返すが、いつまでも登攀力が身につかず、10Aくらいの岩登りグレードで終わってしまう人々も多い。これは日和田の松の木ハングというルートがリードできないレベルである。

 登攀力がついたとしても、たとえジムでは12台を登るような若者であっても、岩壁のルートファインディング力はまた別問題となる。

 壁には登山道のような標識はない。

 インドアジムのようにホールドやスタンスに色はついていない。

 人や獣が通った後も残らない。

 アンカーも不安定だ。

 そんなところで登れる岩目を見つけ出し、自分が登れるラインを見つけ出さなければならない。

 このルートファインディング力が一番身につけづらい。

 ハイキングでルーファイするのとはワケが違う。

 だから、アルパインクライミングで自立できるまでには、「それなりの時間が必要」と心得て参加していただきたい。これも初心者の方が誤解・錯誤している点である。

 他会の様子を見ていると、相当優秀な40代女性のケースで自立まで4〜5年ほどのようである。

 こうした時間はロープワークなどの技術の習得とはまた別の問題であることもお忘れなく。

 同じ1年でも個々の条件と能力差で大きな隔たりが生まれる。

 決してやりたい人だれもが平等にできる活動ではない。

三つ峠はアルパイン入門ゲレンデ
三つ峠はアルパイン入門ゲレンデ
小川山にて。40年前に絶滅したはずの技術をいまだに使用して、後輩にもそれを伝えているとんでもない山岳会もある。わからない? それはダメでしょ!
小川山にて。40年前に絶滅したはずの技術をいまだに使用して、後輩にもそれを伝えているとんでもない山岳会もある。わからない? それはダメでしょ!