当会の基本方針

 会員募集をするといろいろな方から問い合わせや申し込みがあります。

 残念ながら、少なからず、当会の基本方針を理解されていないと思われる申し込みが寄せられることがあります。

 当会では時期を限って基礎的な技術を身につけたいという新人を募集しています。

 ハイキングを始めると登山が面白くなって一生懸命登るようになります。そして数年すると、ハイキングからさらにステップアップした登山スタイル、すなわちアルパインクライミングという分野があり、それに挑戦したい、と考える人が出てきます。

 では、どうしたらアルパインクライミングを始められるかというと、ハイキングは一人でいろいろ調べて山に行っていた人も、アルパインとなると独学や単独行ではなかなかハードルが高いということがすぐわかります。

 すると、アルパインクライミングに移行するための選択肢は絞られてきます。

 まず、アルパインクライミングルートに連れて行ってくれるガイド山行に申し込んだり講習会に参加する。次に考えられるのは、山岳会に入る。あるいは、とりあえずクライミングジムに行ってみてそこで知り合った人やアルパインをしている友人に教えてもらう、という具合にだいたい3パターンくらいになります。

 一番お金がかからなそうなのが、山岳会に入る、知り合いに教えてもらう、というパターンですが、これは現在ハードルが高くなっているようです。以前の山岳会では上から下への技術伝達のプロセスが緊密だったので、切れ目なく新人を一人前にすることができていました。しかし、今は、リーダークラスのクライマーの数が激減してしまい、どんなに大人数の山岳会でも、アルパインクライミングを目的に日常的に毎週トレーニングをするためのリーダーになれる人が一人か二人しかいません。三人アルパインリーダーがいればいい方です。そしてそのリーダーたちも新人教育をするのに疲れきってしまっており、また、自分の計画するレベルの山行にすぐに入れる人とのみパーティーを組むため、基礎のない新人が経験を積むような山行を計画できなくなっています。

 大きな会で会員が50人、100人といて毎週のように多くの計画が出ている場合でも、アルパインリーダーは一人か二人しかいないため、新人や初心者でも参加OKが出るような計画は年に1回か2回しかない、という山岳会がほとんどです。目くらましか自己満足の岩トレを三つ峠で行ってはいるものの、では本チャンにいけるか、というと何年もかかってもまったくチャンスがない、というケースもあります。もっとも三つ峠の岩トレで満足している人も多いのですが。

 なかには初心者には教えないからガイドについて基本を習ってきてほしい、という山岳会もあります。現在はそのような山岳会が多いようです。

 特にインドアジムで知り合ったり、友人を介して紹介してもらったりすると、多少は教えてはもらえますが、実際に本チャンに行けるまで面倒を見てくれるかというと、そこまでは期待できないことがほとんどです。

 しかし、それは、アルパインクライミングはすぐに命がかかる活動になるため、当然といえば当然で、ジムで知り合ったくらいの行きずりの人や知り合い程度をアルパイン山行に加えるわけにいかないからです。昔気質の山岳会では、バリエーションルートの計画には原則会員以外との同行不可としているものです。一方、そうした縛りがない「自由な」山岳会というのは、誰と計画を立ててもOKなので、肩がこらない感じで良さそうですが、そうした会はもうすでに山岳会ではなく、力量の揃った会員の集まる「同人」組織と見做した方がいいでしょう。現在では、「山岳会」としながらも実質「同人」組織となっている会が少なくありません。そうした同人タイプの山岳会では基本を教える必要のある新人にトレーニングの機会を作ってくれることはほぼありません。そんなことをしている暇があったら本チャンに行きたい、という人ばかりなのですから。そういう会は一見すると本チャン計画も多いし、すぐにでも参加できて毎週でもアルパインルートに行けそうに思えるかもしれません。しかし、そういう会に入りたいと考えると、ガイドに習ってきて、と言われます。まに受けてお金をかけて基礎を習って入会しても、大抵はクライミングやアルパインにいくグループ、ペアは固定されていて、なかなかその中に入れてもらえない、ということも多いようです。

 「基本を習いなさい」と言われて、講習会やガイド山行に通えればまだいいのですが、使いものになるには時間と費用がかかることがわかるかと思います。まず、相当な資金が必要です。岩トレには一日最低8000円くらい、技術のしっかりした頼りになるガイドさんだと15000円はかかります。ガイドもお客さんを選ぶし、お客さんもガイドを選んでいますから、当然です。2日かかるアルパインルートですと、最低でも3万円、経験豊富で人気のあるガイドさんだと最低4万円、難度が上がるとルートによっては5万円、6万円、中には8万円、などのケースもあります。もちろん交通費は別です。またガイドもピンキリで、本当に頼りになる老舗のガイドさんならいいのですが、金儲け優先の悪質ガイドも多くなってきました。しかも、初心者にはなかなか見分けがつきません。

 アルパインクライミングの場合、こうしたガイドによる岩トレを数回、ガイドに連れられてアルパインルート登攀を2, 3回行ってみただけでは、とてもモノにはなりません。単に「記念に経験しました」という程度です。

 語学に例えるとわかりやすいのですが、例えばフランス語やドイツ語や中国語を習うようなものです。一日だけフランス語講習にでたら、日常生活はまったく問題なくフランス語でこなせるようになるでしょうか。天才はいるのかもしれませんが、ふつうの人にはまず無理です。

 アルパインも同じことです。

 では、技術が身につくまで毎週のようにガイド山行に通うとどうでしょうか。

 稼ぎのいい人や資産家なら、そのようにしてガイドについて一人前のアルパインクライマーになることも不可能ではないかもしれません。

 しかし、ごく普通の勤め人の若い世代の人たちにこのような選択ができるとはとても思えません。

 ガイドさんによっては肝心の技術を教えてくれず、ただフォローで登らせてもらうだけ、というケースもあります。そうなると自立して自分で計画して登る人になることはできません。もちろん、安全に登らせてもらえればお金はいくらかかってもいい、という人もたくさんいますので、ガイドさんのせいでもないのです。

 しかし、もしあなたが、登山の醍醐味は「自分で登りたい山、登りたいルートを見つけて計画をたて、それを完遂するためのトレーニングを積んで登ること」だと考えているなら、やはり的確な技術の基礎を固めて経験値をあげていくしかありません。

 そして、当会はそのように考えている、登山の本質的な喜びを共有できる初心者を募集しています。

 ただ、入会していただくには、大切な条件があります。

 先に書いたように、現在アルパインリーダーとして新人や初心者の面倒を見ようというリーダーが激減していますので、当会にこれから入会する方には、アルパインリーダーになれるまで指導しますので、同じことを次に入ってくる新人や初心者の方にもいずれしてあげていただきたいのです。今は自分が基礎を覚えるだけでも手一杯かもしれません。時間はかかります。でも、時間がかかってもぜひ自分で計画を立てられるようになるまで経験値をあげてください。

 当会の指導クラスも人間ですので、指導できる人数には限界があるため、「将来的には次の人に技術を伝える」あるいは「自分のパートナーを育てる」「パートナーを育てながらトレーニングをする」という見通しのない方には、たとえ入会していただいてもコミュニケーションの齟齬が生じると思います。

 入会希望の方には、このあたり、メールのやりとり、あるいは面接で、しっかりその意欲を確認させていただいています。これは現在の登山レベルや技術レベルの問題ではなく、人間としてなにを大切にしているのか、という点に集約されていくと思います。

 この点を理解されず、単に「ジムで知り合った頼もしい男性のいる会が楽しそうだから、その会の計画に参加したいけれど、その会は初心者に教えてくれないから」「講習会やガイドは高いし」という理由で、無料だから当会の基礎技術教育を受けて楽しい大人数での山行は別の会で黙っていけばいい、とお考えになっても、その本心は遅かれ早かれわかってしまいますし、アルパインの世界は狭いので、所属先にかかわらず、情報は筒抜けです。また、そのように考える方に限って何故か覚えが悪かったりポイントを外しがちで、一人前になれない傾向が顕著です。そういう方は忍耐力もないので、努力もしないし、そのうち飽きてしまうようです。あるいは、「ガイドだと6万円かかるルートに無料で連れていってもらいたい」という方の場合も、本音がすぐわかります。楽しい大人数の会で今楽しいのなら、無理に背伸びをせず、楽しいことだけに専念した方がいいですし、ガイドで満足できるなら下手に自立しようと考えない方が節約になります。

 当会で、他会ではありえないほど新人や初心者を丁寧にバックアップするのは、ひとりでも多くの若い世代に身の安全を守るための技術を身につけ、この素晴らしいアルパインクライミングの世界を自律的に楽しんでほしいと考えているからです。ガイドに多額を費やさなくても、一生楽しめる技術を身につけたクライマーが増えてくれれば、世界はもっと明るくなります。しかし、明るくするための能動的な働きかけを自ら続けていかない限り、その光はやがて失われてしまうものなのです。資源も消費するだけではやがて枯渇します。経済的成長だけを考え、目先の利便性を追い求めた結果、私たちは世界的な環境の悪化に直面し、その影響を身近に感じるようになってきました。それは人間の活動でも同じで、登山のような複雑な文化的活動では意識的に継承を模索していかない限り、自らの行動を次の段階へと繋げる可能性が閉ざされてしまいます。

 あなたがステップアップしたくてもどうしたらいいのかわからなかったように、きっと同じように悩んだり、登りたいなあという気持ちに急かされるような状態にある人が次から次へと現れて、当会の新人募集に応募してきます。そんなとき、安全に手助けができるような、指導ができるクライマーに成長していただきたい。自分が登れればいい、自分さえ良ければいい、今が良ければそれでいい、と考えていては危険なばかりでなく、資源が枯渇するかのようにやがては行き詰まるという点を理解し、日々の活動を組み立てて欲しい。これが当会の新入会員募集時の願いです。

 もし、同じように考えているアルパインクライミングのリーダークラスの方がおられれば、ぜひ当会で後輩の指導にあたってください。パートナーを育ててください。よろしくお願いします。