アルパインクライミング初心者の誤解を解いておきたい!

 初心者の方とお話させていただくと、「アルパインクライミングや山岳会を誤解しているな」と思うことがよくある。

 無理もない。

 自分が経験したこともなければ、周囲に経験者もいないのだから。

 

 だから、できるだけイメージが湧くように比喩を使って説明することがある。

  

 語学とか数学とかもよく比喩で使うけれど、もうひとつ例に出すのが、バレエである。

 「そーれ! アタッーク!」じゃなくて、くるくる回って飛んで踊る方のバレエね。

 

 アルパイン初心者の方が「前穂の北尾根に行きたい」とか「北鎌尾根に登りたい」というのは、バレエでいえば、バレエ教室の発表会で主役を踊りたい、というレベルになる。

 発表会にもいろいろなレベルがありますからね、町のバレエ教室、有名バレエ団の公演、国際的なバレエ団の公演などなど。

 まあ、例えばの話、町のバレエ教室が山岳会、その教室での発表会が、アルパインの入門ルートだとしましょう。

 

 町のバレエ教室だからといってもバレエを練習していなければ踊るのは結構難しい。

 運動神経が良ければ、すぐクルクル回れたり、踊れたりするようになるかもしれないけれど、長い場面の振り付けを全部覚えるのはまた別問題。

 

 さて、バレエにはトウシューズを履いて踊る前に、バーレッスンというのがある。

 バー(棒)につかまって、足を上げたり手を回したりするアレです。

 棒につかまってようやく爪先立ちをしてくるりと一回転回れるかどうか、という入門者が、いきなり「わたし、次の発表会で白鳥の湖のオデット姫を踊ります。主役でないと嫌なんです」と言ったら、教室の先生はぶっ飛んでしまうと思う。

 

 まあ、できなくはない。

 

 ヒラヒラの衣装(チュチュ)を調達し、舞台も用意してもらって、チケットも販売してもらって、スポットライトのあたる中で、ドスンバタンとオデット姫になったつもりにはなれる。

 たんまりと資金は必要になるけど。

 踊っている本人が失笑の対象になっていても、本人が満足していればそれでOKである。

 

 別に笑われても死にはしない。

 

 なにもバレエに限った話ではなく、すべて人間の活動、身体を使った活動はそういうものではないだろうか?

 

 しかし、アルパインクライミングの場合は、バレエでのバーレッスンやセンターと呼ばれるバーなしでのレッスン、ゲネプロという衣装をつけての本番さながらの稽古をすっ飛ばして舞台に立てば、かなりの確率で死んでしまう、あるいは、支えてくれようとする王子を蹴り飛ばして大怪我させてしまう、のである。

 

 アルパインで言うなら、バーレッスンはロープを使用しないハイキングレベルの一般登山、センターはロープを使用した岩場でのトレーニング、マルチピッチクライミングはゲネプロに相当する。

 

 繰り返すが、いきなりレッスンや稽古をすっ飛ばして、公演の主役になることも可能である。

 たんまりお金を出せば。

 これはアルパインクライミングで言うなら、ガイド山行、ガイドツアー、となる。国内のアルパインの場合、ガイドについても、バレエの主役になるより資金はかからない。

 

 初心者だと言うのに、いきなり主役を踊りたい、と申し込めば、バレエ教室でもバーレッスンから始めましょうね、と言われるはずだ。山岳会では、親切なところでは「岩トレからにしましょうね」、厳しいところでは「ガイドさんにおつきください」と言われる。

 

 当会では、バーレッスンで正しく手足を動かせるレベル、バーがなくても立っていられるし、なんなら一回転くらいは回れる、と言うレベルのセンターレッスンから始める方を対象にしている。発表会は、お稽古して、きちんと振り付けまで踊れるようになってから考えている。

 

 つまり、バーレッスンは夏山での一般登山道テント泊単独行ができ、(スマホではなく)コンパスが使えて地図読みができるレベルである。このレベルであれば、センターレッスンに相当する岩トレを始められる。

 

 センターではバーレッスンを前提として稽古しているので、バーレッスンでできないことがセンターでできるわけがない。できなければバーからやり直しである。たとえどんなに素晴らしいバレエダンサーでも、バーレッスンを軽視して、そんなのやらなくていいわよ、なんていうダンサーはいない。プロのダンサーでもバーレッスンやセンターは当然のトレーニングとなる。ダンサーがみんな、普段からいきなりチュチュを着て踊っているわけではない。

 

 ところが、町のバレエ教室の発表会のチラシを見て、「私、主役踊ります」と言ってしまうのと同じなのが、「私、この計画で前穂北尾根に登ります」なのである。これは、バレエのバーレッスンで爪先立ちが3秒できないのに、つかまるところがなくなったらどうするのか、などということは考えてもいないのと同じだ。

 バレエで説明するとすんなりわかるのに、アルパインクライミングだとわからなくなってしまう人が多い。

 いきなりチュチュ(やピチピチのタイツ)を着て踊れると思っている・・・

 

 少しはイメージしていただけただろうか?

 

 そんなわけで、まずはバーなしで一人で立てる訓練から。

 次にくるりと回ってみましょう。 

 新人を教えられる山岳会の岩トレはそのレベルから始める。

 

 しかし、バーなしのセンターでいつまでも一回転できなければ、バレエの振り付けを踊り通すことは難しい。

 踊れるようになるかならないか、は本人次第。

 計画に参加できるようになるかどうか、これも本人次第。


 比喩としてバレエを挙げたが、いうまでもなくアルパインとバレエはそこまでリンクしているわけではない。

 

 バレエとアルパインに共通するのは・・・

 練習しなければできるようにはならない、という点のみ。

 

それなのに、センター練習ばかりで公演がない、私は公演に出るだけにしたい、というのがどんなことなのか、バレエのケースでよくよくお考えいただければと思う。


まずは、バーレッスンにあたる岩トレから始めよう。いろいろな動きや振り付けを少しずつ覚えて、本番に備えよう。

 

ひとつ、希望になることを付け加えるなら・・・アルパインクライマーになるのはオデット姫(とか王子)になるよりはたぶん門戸が広いです・・・